近衞秀健 / 平成の春・平成の庭

演奏会では、第九のほかにこちらの2曲を演奏いたします。

近衞秀健作曲
平成の春 ~マーチ集「平成の四季」より~
平成の庭(世界初演)

今回はこの2曲について、ご紹介させていただきます!

・『平成の春』について
この楽曲は近衞秀麿のご子息で、宮内庁式部職楽部指導員かつ指揮者であった近衞秀健氏により作曲されました。~マーチ集「平成の四季」より~ とあるように、他にも『夏』『秋』『冬』の4曲があり、いずれも皇族に関するパレードや奉祝演奏会のために作曲された楽曲です。
今回取り上げる『春』は、皇太子殿下御成婚のパレードにおいて演奏されたものであり、華やかで楽しげなマーチと中間部に織り交ぜられる雅楽のメロディの独特なハーモニーが特徴的な楽曲です。

・『平成の庭』について
『春』と同じく近衞秀健氏による作曲です。初演となるこの『庭』は「平成の四季」とは異なり、お祝いのための楽曲ではなく、平成十四年に逝去された高円宮憲仁親王殿下へ捧げるために作曲されました。
チェロを嗜んでいた憲仁親王殿下の思い出が色褪せることなく残るようにという思いがこめられており、深く悲しげな、息の長いチェロのメロディが印象に残る楽曲です。

この2曲、聴く機会もなかなかないのではないでしょうか。
どうぞ、楽しみにしていてくださいね!

近衞版「ベートーヴェン / 交響曲第9番」

近衞版は、近衞秀麿が演奏会を行う度に手を加え試行錯誤され作り上げたものであり、同じ楽曲においても様々な近衞版が存在します(演奏可能な形で現存しているのはごく僅かなのですが……)。

特にベートーヴェンの交響曲は全曲に手を加え、その中でも第九は生涯をかけて研究の歩調を緩めることはありませんでした。
近衞版の第九のスコアには1946〜1962年と記されており、パート譜や販売されているCDの録音とも細部が異なる部分があることからも、常に推敲を重ねていたことが伺えます。

音楽評論家の宇野功芳は、近衞版の第九についてライナーノーツにこう記しております。


(近衞版は)《無理をしなくても鳴る様なオーケストレーションの改訂》なのである。だから、《近衞版》を使って、見境なく力演するととんでもないことになる。(中略)そうではなくて、吟味された音でまろやかに演奏すると最高に潤沢な響きが得られる。
(中略)
その良い例が「第9」で、素っ気ないほどの古典的解釈である。
(中略)
ギクシャクとしたベートーヴェンの語法を自然なものに直す努力を傾けているのである。その適否については各人が考えて欲しいと思う。

編成はホルンが6本の木管四管編成にピッコロ、コントラファゴットが加わり、しかも本来4楽章から使用されるピッコロとコントラファゴット、トロンボーン(2楽章の一部あり)が1楽章から使われております。
いわゆる原典版と比較すると大胆に音符が加えられている箇所があります。

ベートーヴェンの研究家であり大指揮者だったワインガルトナーは著作において「もしも四管が使い得ないのならば第九交響曲の上演は見合わせた方がよい」とさえ断言しています。
そして近衞も「<英雄>や<第七>や<第九>のある部分を四管の豊かな響きで経験したことのあるものには、同曲の二管での古式の演奏が、どうしてももの足りなく感ぜられるであろうことはやむを得ぬ次第であるという他はない」と力強く記しています。

一体どの様な第九が鳴り響くのか、来年の2月11日の東京芸術劇場にて、ぜひご体験ください!

近衛版「シューマン / ライン」

第7回定期演奏会で取り上げた近衞版のラインについて、当日配布した解説をご紹介します。

1楽章冒頭では音符を多く加えてあり、いきなり強烈なハーモニーが響きます。ヴィオラには他の楽器よりも飛び出して演奏する前打音も加えられています。楽器の追加により重厚な印象も受けますが、想像より重く感じさせず、オリジナルとはまた違った曲の広がりを感じさせてくれます(ライン川流域をローレライ上空から眺める風景の様な印象さえ受けます)。さらに弦楽器でのメロディー担当を増やし、オリジナルでの埋もれがちな部分を自然に引き出している部分が多いことも特徴です。51小節目=開始1分頃では、ヴァイオリンを模倣する後追いのフレーズにホルンを加えており、スムーズな流れとなっております。

2楽章では大幅な改訂はみられませんが、テンポの指示を追加して緩急をつけて曲の表情を表しやすくしています。

3楽章の冒頭部分ではクラリネットのメロディーにホルンが追加されています。この楽章もテンポ指示の追加により非常に緩急がつけやすくなっており、聴いていて飽きさせません。3楽章の最後の音が響いた後は、小休止を挟まずそのまますぐに4楽章へ流れて行きます。

4楽章はオリジナルでは4/4拍子となっているのですが、4/2拍子とすることで一歩一歩を踏みしめるような、大聖堂の雰囲気を表現しています。楽章後半ではテーマをホルンで違和感無く追加されています。

5楽章では冒頭の木管楽器を削除し、遠くから聞こえるカーニバルの音を軽快に表しています。楽章中に出てくる4楽章のテーマを弦楽器に管楽器を追加してより浮き出るようにしている箇所もあります。この楽章もまたテンポの指示を追加して緩急をつけてあり、クライマックスでは細かく指示され、盛り上げ効果抜群です。

“近衛版”とは

近衞秀麿は、総理大臣近衞文麿の弟にあたり、戦前から西欧へ渡り西洋音楽を学んだ最初の指揮者の一人です。NHK交響楽団や東京交響楽団の前身を立ち上げ、日本におけるオーケストラの普及に尽力しました。
近衞の手が入った楽曲を一般的に近衞秀麿編曲版、「近衞版」と称しています。オリジナルの楽譜と比べ、多くの近衞版では楽器が追加されています(反対に、小さな楽団でも演奏できる様になっているものもあります)。曲によっては管楽器が2管編成から4管編成になっているなど、現代の大規模なオーケストラに合わせて、また、楽器の性能向上にも考慮して手を加えている部分があります。
第7回定期演奏会で取り上げたシューマンの3番では、木管楽器が2管編成から3管編成に増補、ピッコロ、バスクラリネット、イングリッシュホルン、コントラファゴットが加えられ、金管楽器ではチューバが追加されていることで、オーケストラ中の最高音と最低音が拡張されています。

近衞版では随所に音量やテンポの指示が細かに書き加えられています。基本的なことを書き記してある箇所もあれば、表現意欲の表れにより書き加えられている箇所もあります。伸ばしている音は段々と小さく、上昇形には段々と大きく、フレーズの始まりと終わりの音量指示。時には譜面が簡略化されていたり、メロディーが異なる楽器に置き換えられていたりするところも見られます。音が薄くなりがちな部分にはハーモニーの追加や楽器での補強、曲の流れの中で自然に山場が作れる様なテンポの指示などが多々加えられています。
シューマンが好んで歩いたライン川沿岸を各楽章に当てはめるとすると、1楽章はローレライの風景、2楽章はコブレンツからボンへ、3楽章はボンからケルンへとつづく風景、4楽章はケルンの大聖堂、5楽章はデュッセルドルフのカーニバルの様子など……色彩感を押し出した近衞版では、ライン川の流れをより鮮やかに感じられます。

かつて、原典主義の朝比奈隆が「楽譜に手をいれるのはどうか。」と言ったのに対して、近衞は「あれは下手な指揮者が下手なオケを振っても、ちゃんと鳴るようにしただけですよ。」とこたえたという逸話が残っていますが、自身は近衞版を学生オケのみらずプロのオケでも生涯使っていました。
実際に近衞版の楽譜を前に演奏に取り組むと、基本的なオーケストラ演奏の教則本の様な印象を受けます。

はじめに

近衞樂友会オーケストラ(Orchester des Konoye-Musikvereins)は2010年に発足したオーケストラです。近衞秀健氏の最後の弟子、中濵圭氏とその指導を受けた社会人演奏家たちが中心となって結成されました。

オーケストラ発足以来、当団では近衞秀麿氏編曲版の交響曲を演奏してまいりましたが、当ブログでは近衛氏の編曲の背景や意図を我々なりに考察しそれをお伝えしていきたいと考えております。このブログを通して“近衛イズム”という世界観を少しでも皆様にお伝えできれば幸いです。
どうぞ、お楽しみください。